仕事その2

2005年6月1日
Yさんの仕事を引き継ぐことについて、初めは及び腰になってしまったものの、よくよく考えた結果これは自分にとってチャンスだと思うようになった。
仕事を与えられるということは、それをやり遂げさえすれば人に認められるのだから、つまりチャンスを与えられるのと同じだ。

引き継ぐタイミングもよかった。
それまでは試験屋さんと学校の間に立って仕事をしていたのだが、急展開し、その仕事がつまらなくなってしまったのだ。
どういうわけか急に試験屋さんが危機感を持ち、うちに任せていた学校市場への営業を自分たちでやりたいと言い出した。親分や、さらにその上の人が試験屋さんと何度か話し合ったが、抵抗むなしく今年の4月からうちの部署の業務は試験屋さんに持っていかれ、僕の仕事も大幅に減った。やるせない思いをしているところに、このYさんの産休の話だ。なんとか浮上のきっかけにしたいと思った。

チャンスだと思えた理由はもう1つある。それは、Yさんの仕事を引き継いだのが僕の他フルポンだということ。フルポン本人にはちょっと違う言い方で直接言ったことだけれども、フルポンファンの僕としては接点が増えるのは嬉しい。
さあ、頑張るぞっ。

続く。

仕事その1

2005年5月31日
今日から何回かに渡って仕事の話を書こうと思う。
途中で投げ出して、違う話題になるかもしれないけど。

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それは、今から2ヶ月くらい前のことだった。
「まむちゃん、ちょっと来て。」とYさんが僕を呼ぶので、Yさんの後について廊下のほうへ歩いていった。

Yさんは30代前半の女性。座席は僕の左隣で、主に、あるテストの進行管理や資材の制作を行っている。Yさん、いったい僕にどんな話があるんだろう?

廊下には低い机と椅子が並べられていて、打ち合わせが出来るようになっている。Yさんと向かい合わせになるように椅子に腰を下ろし、何の話だろうと身構えると、ちょっと前置きがあった後、衝撃的なことを言われた。

「わたし、妊娠したの。」

おおおっ・・・!妊娠!
「おおっ、おめでとうございます。」と言って、思わずニッコリすると、Yさんは「ありがとう。」と答えた。

そうですか、2人目が生まれるのですか。素晴らしい。久しぶりに明るい話を聞いた気がするなあ。

ん・・・、待てよ。妊娠したということは、産休を取るわけだな。休める期間はたしか1年間だ。そうするとYさんがやっている仕事は誰が引き継ぐんだろう?

Yさんの仕事を引き継ぐと一言でいっても、当然それは簡単なことではない。誰が引き継ぐか知らないけど、大変なことですなあ・・・、と僕は他人事のように考える。
引き継ぐのは誰だろう・・・、頭の中で同僚を1人ずつ思い浮かべる。この人か、それともあの人か・・・、えーと、あっ、もしかして僕も候補か?いやいやいや、ちょっと待て。僕はYさんの仕事を手伝うことはあるけれども、何も分かっていないぞ。
ともかく、誰が引き継ぐにせよこれは他人事ではないってことだ。

この引き継ぎの件では、いろんなうわさを聞いた。誰が引き継ぐのかという話はもちろんのこと、該当部署の人数を増やすという話も聞いたし、あるいは産休中のYさんに自宅で仕事をさせるといううわさ(!)まで聞いた。
このようにいろんなうわさが錯綜したけども、結局、Yさんの仕事は僕とフルポンが分担しておこなうことになった。

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続く。少なくともあと1回は確実に続く。

5月29日

2005年5月29日
この週末にやったこと。

土曜日は会社に行った。ちょっと確認したいことがあったのだ。
この日は入社試験の面接があったみたいで、玄関のあたりで入社希望者の1人とすれ違った。その学生が受付の人に「面接を受けにきた○○です。」と言っていたので、それと分かった。
そういえば、最近仕事でいろいろと思うところがあって、ここに書きたいんだけど、すごく長くなりそうで躊躇している。勢い込んで書き始めても途中でグダグダになりそうだし、でも書きたいし・・・。うーむ、どうしよっかなあ。ということで、現在検討中。

日曜日。
今日はヒマだった。久しぶりに映画でも見に行こうかと思ってチェックしてみたが、面白そうなのが無かったので、部屋に閉じこもっていた。
Def Techを聞きながら、MAさんから借りているマンガを読む。夜になったら好物の純生を飲みながら(純生の缶のデザイン変わったね)、それが切れるとこれまた好物のサンザシチュウに切り替える。これを書いている今はお酒がまわっていい感じ。

なんだかネタ不足気味だ。やはりここは仕事の話を始めるしかないのかしらん・・・。
風呂から上がって全員集合したのが夕方の6時半。みんなとずっとのんびりしていたいけど、そうも言っていられない。
またマッツン・KNさん・HHさんとマッツンの車に乗り、東京へ向かう。ゆらりの駐車場で運転手が交替し、KNさんが運転することになった。さらに、高速道路の入り口でKNさんからHHさんに替わり、最後はサービスエリアで交代してまたマッツンが運転。並走するYSさんの車と抜きつ抜かれつして帰ってきた。
僕は免許不携帯だったため運転せず。

この日、僕がかばんの中に入れて持っていったのは文庫本1冊、それだけだった。下手すれば手ぶらで行きそうな勢いだった。
今になって思うのだけれど、この日用意すべきだったものは運転免許証と少しのお菓子、それと、人に見せる機会が滅多に無いヘンなサングラス。この3つを用意すればよかった。
次回、何かに誘われたら準備をちゃんとしよう。自分と周りの人との距離感を考えると、今後も誘ってもらえるかどうかは微妙だけど・・・。今回だって、誘われたタイミングからして僕は誰かの代わりか数合わせっぽいものなあ。ま、それで充分満足だけど。にこっ。

それにしても楽しかった。誘ってくれたMAさんに感謝。
ほうとうで満腹になったあとは富士五湖方面へ向かう。次の目的地は「ゆらり」という温泉。

ゆらりに着くと、体の汚れを落とす塩の販売が行われていた。お試しとして、その塩を使って無料で手をきれいにしてくれるという。

きれいにしてもらう気満々で(?)椅子に座り、そでをまくり、みんなで手を出して塩を塗られる。
塩を塗ってくれる人が僕の手を見てひとことふたこと言うと、マッツンが横から茶々を入れてくるので、僕は思わず「うるさいよ、マッツン。」と言ってしまった。マッツンは僕より年上だから本来なら「うるさいよ」なんて口のききかたは無いけれど、マッツンならそう言っても笑って許してくれそうな気がした。

塩を洗い流すと、左手(塩を塗られた手)が白くなった。触るとツルツルするし、なるほど、たしかに効き目はあった。

手をきれいにしてもらったあとはゆっくりと入浴。
富士山を眺めながらお湯につかったり、風呂から上がって手を腰に当ててコーヒー牛乳を飲んだり、YSさんと携帯電話の番号を交換したりしてゆっくりと過ごす。

ゆらりのウェブページはこちら↓
http://www.fuji-net.co.jp/YURARI/

あと1回だけ続く。
さくらんぼを堪能した次は、道の駅甲斐大和へ移動。
この道の駅の裏手にある農産物加工体験施設という建物で、ほうとう作りが体験出来る。
案内の女性に連れられてその建物に入ると、広い部屋に案内された。そこには人数分の材料と、まな板や木の棒が用意されていた。おおっ、なんだか楽しそう。
ここで、指南役のおばちゃん2人が登場。このおばちゃんの指示に従えば、ほうとう作りの初心者でもほうとうが作れるのだ。部屋のかどにある流しで手を洗い、調理開始。
まずボールに小麦粉をドカッとあけて、そこに水をドバーと入れる。そして力を入れてほうとうをこねる。形がまとまってきたらボールから出して、棒を使って延ばす。最後に包丁で食べやすい大きさに切って、鍋に入れて茹でる。

おばちゃんは動作の1つ1つがリズミカルだ。すごく手際よく、簡単そうに作業を進めていくのに、僕たちが同じことをしようとすると手つきがぎこちなくなる。
難しいことを簡単そうにやってのけるのも実力のうちだという名言を聞いたことがあるけれど、まさしくその通り。

ほうとうを茹でるのに30分かかるそうで、その間に道の駅甲斐大和を探検した。
甲斐大和は自然が豊かだ。セミが鳴いていたり植物がそこかしこにあったり。咲いていたタンポポにフーッと息を吹きかけて種を飛ばす人が何人かいて、それがすごく絵になった。スズランを覗き込む姿もやっぱり絵になる。
僕はふと思い立って、そこにあったクローバの茂みで四つ葉を探すことにした。運よく数分で見つかりフルポンに見せにいくと、「それ五つ葉ですよ。」と言われた。本当だ、よく見ると五つ葉だった。珍しい。

ほうとうを茹で始めてから30分後、広い部屋に戻るとほうとうが出来ていた。大きな鍋のふたを開けるとカボチャや油揚げが入っていた。ほうとう作り以外の、味付けなどはそこの人が全部やってくれたのだ。

食べるとほうとうの歯ごたえが固めから柔らかめまでいろいろあったものの、みなおいしく食べられた。その中で1つ、包丁の切れ込みがあるのにうまく切れていない大きなほうとうがあった。もしもこれをマッツンとMAさんに見せて「このほうとう・・・、切れてなーい。」と言ったなら、きっと反応してくれるだろうなあなんて思ったけど、その2人の席が遠かったので黙って食べた。

甲斐大和の関連ページはこちら↓
http://www.kanto.maff.go.jp/syokunou/taiken/list/syukuhaku/yamanashi/michinoekikaiyamato/

続く。
朝、新宿駅へ着くと、そこには見慣れた同僚たちが既に集まっていた。僕、ここでようやくこの集まりの参加人数を知る。12人が車3台に分乗って、それってけっこうな規模じゃないですか。

僕はマッツンの運転する車に乗ることになった。マッツンはなぜか僕に「切れてなーい」というセリフを言わせたがるので(かみそりのCMでそんなのがあった)、僕も調子に乗って、マッツンが前振りをしてくれたら「切れてなーい」と言うことにしている。
マッツンの車に乗ったのは僕のほかKNさん、HHさん。

KNさんの持ってきたMDを聞いたり、話をしたりしながら、車は山梨に向けて快調に走る。他の車と携帯で連絡を取り合い、3台とも予定時間通りに大沢農園に到着。

さくらんぼ農園は傾斜のきつい斜面にある。これはたぶん、全部の木に日光を当てるためだろう。

係員の説明を聞いた後、さくらんぼ狩りを開始。木になっているさくらんぼを手で摘み取り、直接口に入れる。早速1つ食べてみると、少し歯ごたえがあり、甘くてうまーい。すっぱいのも少しあったけど、それすらもおいしい。
さくらんぼを取ってもらったり取ってあげたり、みんなで猿臂を伸ばしまくり。

大沢農園のアドレスはこちら↓
http://www2.ocn.ne.jp/~sakuranb/

続く。
昨日の夕方、MAさんからこんなことを言われた。
MAさん「明日予定ある?」
僕「いいえ、特に無いです。」
MAさん「じゃあ参加で。」
僕「んんん?何の話ですか?」
MAさん「朝7:50に新宿駅西口に来てください。」
何があるのか詳しく知りたい気持ちもあったけど、MAさんからのお誘いがつまらないものであるはずがないし、何も知らないまま参加するのもかえって面白いかと思い、深く聞かないことにした。

昨日の夜は飲み会があり(その飲み会はMAさんは無関係)、別の人から少しだけ情報を仕入れてしまったが、分かったのはどうやらさくらんぼ狩りをするらしいということだけだった。

ということで、今日は総勢12人で、さくらんぼ狩り→ほうとう作り→温泉というコースを楽しんできた。

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今日は疲れたのでここまで。詳しくは明日以降。

5月19日

2005年5月19日
地下鉄を利用するとき、目的の駅までの所要時間等が書かれた表示板に見入ってしまうことがある。表示板をまじまじと見ると、意外な発見があるのだ。

たとえば、飯山満という駅は「いいやまみつる」と読むのだろうと思ったら「はさま」だったり、西葛西は逆から読んでも西葛西だったり、妙典の横にローマ字でMyodenと書かれているのを見て、つい「マイおでん」と読んでしまったり。

そうだ、マイおでんで思い出した。
子供のころに聞いたなぞなぞで、こんなのがあった。
「日本に来た、ある外国人が『KとA』に行きたいと言い出した。どこのことだろうか?」





↓正解





正解は神田(kanda)だそうだ。
このなぞなぞを思いついた人も、たぶんローマ字を無理矢理英語読みして思いついたのだろう。

このように、ローマ字で書かれた日本語を英語として無理矢理解釈すると、何か発見があるかもしれない。この日記を読んでいる人も、ためしに自分の家に一番近い駅をローマ字にして英語読みしてみてほしい。いや、最寄り駅に限らず、自分がよく使う路線の駅名を1つ1つ試してみるのがいいかもしれない。通勤・通学の暇つぶしにはなるはず。

ということで、今日のこの日記を読んだ人は駅名をローマ字に直して英語で読んでみたくなるという変な癖がつくのであった。イヒヒ。

5月15日

2005年5月15日
昨日の日記に書いた西武と読売の試合。いい試合なんて書いてしまったけれど今朝の新聞を見てびっくり。デッドボールが多くて警告試合になったそうだ。そして最後に満塁弾を打たれて西武負け。
西武は今日も負けた。うわぁ。

咳が止まらないので寝ます。おやすみなさい。

5月14日

2005年5月14日
5月14日、土曜日。
目が覚めたらのどが痛い。頭も痛い。珍しく風邪をひいてしまったようだ。

夜、ベッドで横になりながら、ライオンズ対ジャイアンツの中継を見た。僕はアンチジャイアンツで、その上ライオンズファンだ。西武をひたすら応援する。
残念ながら試合の途中で眠ってしまったが、実にいい勝負だった。

野球中継を見ながらだったからか、そのとき見た夢はこんな夢だった。
夢の中で、僕はある雑誌をめくっている。すると、その雑誌に占いのコーナがあった。そこには「野球占い」と大きく書かれていた。
本文を読んでみると、
「今、あなたの前に次の4つの野球用具があります。真っ先に手に取るのはどれですか?
1.バット  2.グローブ  3.ユニフォーム  4.ボール」

なんとなく4のボールを選び、次のページへ進むと、こんなことが書かれていた。
「4のボールを選んだあなたは、あちこち飛び回るのが好きな人です。あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、フラフラフラフラ風来坊。たまには落ち着きましょう。」

なんだこれ。ずいぶん人をくった占いだ。他の選択肢もこんな感じなんだろうか。他の選択肢、たとえば3のユニフォームを選んだ人はどんな人なんだろう?
「3のユニフォームを着たがっているあなた。ユニフォームを着たがっているということは、あなたは今、服を着ていません。風邪をひかないよう、さっさと服を着ましょう。」
・・・。そこまで読んで、あきれて目が覚めた。

風邪をひかないようにって言われても、もうひいているよ。

無題

2005年5月9日
日曜日、野球の試合があったけど出番が少なくてトボトボと帰ったという日記を書いた。実は、野球の試合と帰るまでの間に、7人で集まって軽い飲みがあったのだが、それについては省いた。

その飲みの席では自分は野球のことを考えがちで、雑談にほとんど参加せず、I君の話にうなずいたり笑ったりするだけだった。

あの席では野球のことは一旦忘れて、ゴールデンウィーク中の寂しさを埋め合わせるべく自分ももう少し話せばよかった。頭を切り替えるべきだった。話を聞くだけでも楽しかったけど、もうちょっとうまいことやれたはずだな。
1日たった今になって、ちょっと反省。

この反省は今後にいかそう。この一件も「日々成長」だ。


「日々成長」という言葉が好きだったまぁ君、明日誕生日だね。おめでとう。

5月8日

2005年5月8日
野球部の試合があった。

今日は選手登録されているほうの大会で、ひそかに気合が入っていた。しかし、相変わらず出番はほとんどなく、最終回の守備でちょっとだけレフトに入り、それで終了。

別に、出番が少なかったことで文句を言う気は無い。出番が少なかった一番の原因は自分の実力不足だし、それに、今日は選手の起用を考える監督の苦労が伝わってきたからだ。
今日の試合は試合時間が1時間20分と決められていて、何イニングで終了するかは分からない。なので、監督にしてみれば、どのイニングでどの選手を引っ込めるか(=どのイニングでどの選手を出すか)、この見極めが非常に難しいのだ。監督は僕を1打席だけ立たせてくれるつもりだったそうだが、今日の試合はわずか5イニングで終わってしまったため、打順が回ってこなかった。
うん、しかたない。悔しかったら上達してスタメンを奪うしかない。

試合は4-1でこちらのチームの勝ち。
勝ったのは喜ばしいことだけども・・・、自宅まで帰るとき電車に乗る気になれず、トボトボと歩いて帰った。歩いて30分くらいの距離は、都会人にとっては遠いかもしれないが、自分にとってはちょうどいい距離だ。ひんやりとした空気に少しだけ癒された。
この連休中は予想通り、寂しい連休になってしまった。
前に書いたように、1週間も同僚の顔が見られない。寂しいとしか言いようがない。
その上、実家は退屈なところなのである。

学生の頃の同級生と連絡がとれないわけではないが、だからといって簡単に会えるということでもない。県外に出てしまった人がいたり、高校を卒業してすぐに付き合いにくい性格になってしまった友人がいたり。
この連休中に会った同級生はR君だけ。R君は地元で自営業をやっているので、彼のお店にふらりと買い物に行ってみたのだ。しかし大した話はせず、2分ほど立ち話をして、それで終了。R君も「みんな県外とかに出て行っちゃって、こっちは誰もいないね。頻繁に会うのはM君だけだ。」なんて言っていた。ほう、M君か。「猫の鳴き真似」という一芸がうまい子だった。M君にもよろしく言っといてね、とR君にお願いして辞去。

寂しさを募らせつつ家に戻って携帯電話を眺め、誰かと電話で話をしようか、なんて考える。しかし、特に用件が無いのに電話をかけるのはちょっと苦手で、携帯を握り締めたままカーペットの上をごろごろと転がって悶々とする。
ごろごろ・・・ごろごろ・・・。

普段ならこんなときはお酒でも飲むか、となるのだが、実家ではお酒が飲みにくい。なぜなら、実家ではお酒を飲むと母親が小言を言うからだ。
母親は大の酒嫌いで、お酒の匂いがすると「お酒くさいお酒くさい」と言い出す。ひどいときは冬でも部屋の窓を開ける。父親は酒好きなので母親を無視してお酒を飲むが、雰囲気は最悪だ。
僕は母親のこんな態度を見るたびに、母親には「それじゃあ親父が気分よく飲めないじゃないか。」と思い、父親には「こんな雰囲気でよく飲めるなあ。」と思ってしまう。母親が父親のことを少しでも気遣うとか、あるいは父親が普段から母親に少し優しく接するとかすれば解決するのだが。

自分の部屋に戻っても退屈でしかたがない。僕の部屋はテレビが無く、パソコンももちろん無く、CDラジカセがあるだけ。しかしCDラジカセはどこか壊れていてCDを入れても認識しないし、ラジオは電波の具合が悪すぎてFM群馬しか聞けない。
つまらない。

今後は実家に帰る前に、寂しさと退屈の対策を練っておくことにしよう。
お久しぶりです。
一週間ぶりに実家から東京に戻ってまいりました。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

この連休中、実家では予定通りの過ごし方をした。
まず、車の運転。母親の車を借りてドライブした。車種はスズキのワゴンR。母親の車の中はなぜか熊のプーさんのグッズでいっぱいで、そんな車に乗るのはちょっと気恥ずかしいのだが、こちらは借りる立場だ。贅沢は言っていられない。
ハンドルを握るのは3年ぶりくらい。しかし、思ったよりも快適に走れた。スピードは出しすぎず、遅すぎず。天気はよかったし、窓を開けると風が気持ちよかったし、素晴らしきかな、上州路。
この連休中の総走行距離はおよそ300キロくらいだった。

続いて、姉の写真について。
夜、姉がテレビドラマを見ていたので、CMになった瞬間に「写真撮ってもいい?」と切り出してみた。すると姉は、「えー、なんでなんでなんで?」と言う。会社の人に見せるのだ、と説明して携帯を向けると、姉は「やめてやめてやめて。」と言って首をすくめ、顔をそむけてしまった。なぜ3回も3回も3回も同じ言葉を繰り返すのだ、姉よ。
ともかく、このように撮影を拒否されてはしかたがない。僕は諦めて風呂に入った。
風呂からあがると、姉がアルバムを持ってやってきた。携帯で撮影するのはダメだけど、そのアルバムの中から写りのいい写真は持っていってもいい、だそうだ。姉貴、満更でもなかったのですね・・・。
そのアルバムは今年の1月に台湾に行ったときのものだそうだ。そのアルバムの中から2枚選んでこちらに持ってきた。1枚は表情がはっきりと分かる写真で、もう1枚は表情はよく分からないが全身からほんわかビームを出しているような写真。この2枚は手帳に挟んで持ち歩くことにする。こうなると、「姉を見たがる人がたまにいるから写真を持ち歩く」のではなく、「僕が姉を周りの人に見せたいから写真を持ち歩く」というべきだな。

みそパンは食べずじまい。
食事時になると母親が気を利かせてくれて、「普段大したものを食べていないんでしょう。」なんて言いながら野菜中心のメニューを皿に大量に盛り付けて出してくるので、それを全部食べると、ほかのものはお腹に入らない。昼食を食べると夜まで満腹感が続き、晩御飯を食べると夜中まで満腹感が続く・・・。おやつなんて、とてもとても入らない。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

以上、連休の表側でした。裏側(つまらない編)に続く。

1週間ほど消えます

2005年4月28日
明日から連休。
5月2日(月)は会社を休むことにしたので、5月5日まで7連休になった。5月6日は出社するけども、6日に有給をとる同僚もいるようで、そうするとその人とは10日間も会えないことになる。正直言って少し寂しい(「だったら5月2日は休まなければいいじゃないか」というツッコミは禁止)。

連休中は実家に帰ることにした。実家でやることは、以下の通り。

・親に車を借りて、運転の練習をする。
もう長いことハンドルを握っていない。車を買う予定は今のところ無いけれど、いつかは買うんだからちょっと練習しておきたい。
ところで、「車を買うなら俺に相談してくれ。」と言ってくれた先輩が2人いるんだけど、買うときどっちに相談したらいいんだろう・・・って、今から悩んでも意味無いけど。

・携帯のカメラで、まむ姉を激写。
同僚に姉の話をすると「まむ姉の顔が見たい。」と言われることがある。なので、姉の写真を1、2枚撮っておきたい。姉に撮影を嫌がられたら諦めるけど、ダメモトでお願いしてみる。

・地元の名物「フリアンのみそパン」を食べる。
みそパンとは、フランスパンにみそを挟んだもの。みそといっても、おみそ汁に使うみそとは違って甘い。
みそパンについて詳しく知りたい人は下記のアドレスを見てください・・・って言おうと思ったら、大して詳しくないページだったけど、まあいいや、載せとけ。
http://www4.ocn.ne.jp/~friand/
みそパンをお土産として渡そうかと思ったけど、日持ちする食べ物ではないのでちょっと持ち帰りにくいんだよなあ・・・。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

さて。
免許証は持った。読みかけの銀英伝も持った。連休中に、このアパートに新聞が来ないように新聞配達に連絡したし、バッチリだ。

実家にいる間は更新出来ないので、次回の更新は来週水曜あたりになりそう。
では、また。
健康診断があった。

血圧の検査をしたりレントゲン撮影があったりするのだが、気になるのは体重のみ。僕もお年頃の男の子の端くれ(?)、やっぱり自分の体重が気になる。

体重計に乗ると、そこに表示された数字は60キロ。ここ2、3年ほど、この体重を維持している。あまり変化が無くてほっとした。
学生の頃は、この身長で53キロしかなく、食べる量を増やしても全然体重が増えなかった。太れないのが悩みだった。この、太れない悩みというのは人に分かってもらえなくて、寂しい気持ちになることもあったのだが、もうこの悩みとは完全におさらばと言ってよさそうだ。

今日の健康診断は体重測定以外は興味が無くて、検査中は以下のようなことを考えていた。
「うーむ、健康診断って随分時間がかかるなあ。検査される箇所が多すぎるからだな。ああ、じれったい。そんなにあちこち見てくれなくたって、自分の健康くらい自分で考えますよー、だ。
(数分後)えーっと、視力検査をして、次に血圧検査をやって、内科検診をやって、その次は何、胸部レントゲン撮影か。やれやれ、勘弁してよ。レントゲンって放射線だか何だか知らないけど、怪しい光線なんでしょ。そんなのが体を通ったら、かえって体を悪くしそうだ。
(さらに数分後)さてさて、レントゲンの次は何だ?ここか。とりあえずこの椅子に座ればいいんだな。ほう、腕を出せとおっしゃる。あっ、うわっ、チクッとしたぞ。採血か、ぬおぉ、人の柔肌に注射針を刺すなぁ〜!」

こんなことばかり考えていた。どうやら、体型をひとまわり大きくするよりも人間としてひとまわり大きくならなければいけないようである・・・。

4月24日

2005年4月24日
野球部の試合があった。
結果からいうと、0-3でうちのチームの負け。

試合を見ていて、うちのチームと相手チームに実力差があったとは思えなかった。しかし、こちらはランナが出塁しても攻めきれず、一方相手は2ストライクと追い込まれてから出塁したり2アウトから得点したり・・・、そんな展開で負けた。
うーむ、もどかしい。

試合終了後、球場の近くのクラブハウスでみんなで食事を摂っていると、よくしゃべる先輩が僕の隣に座った。いや、「よくしゃべる」というより「あんまり黙らない」というほうが正確か。
その先輩が中学生だった頃の話が聞けて、面白かった。

よくしゃべる人と会話をするときは、話題の選び方や話の進め方など自分も参考にしたいと思う。
そして、この先輩の半分くらいはしゃべれるようになりたいと思った。あくまで半分でいいけれど、ね。

4月22日

2005年4月22日
昨日、茨城へ出張して、今日の夜7時に帰ってきた。

学校を2校まわってきた。2校とも先生方と雰囲気よく話せたけど、これを売上に結び付けられるかどうかはまだ不明。

電車で長い距離を移動するのは好きなのに、今日はいつになく疲れている。
なので、短く、中身の無い日記。ネタになりそうなことがあったにもかかわらず・・・。

4月17日

2005年4月17日
今日はひまな1日で、ひたすら読書をした。
銀河英雄伝説を順調に読み進めている。本編10巻、外伝4巻のうち、本編5巻までを読み終わった。

この週末にやったことは、読書のほかは電気スタンドを買ったことくらいだ。今まで使っていた電気スタンドは捨てた。薄暗かった机の周りが急に明るくなり、快適快適。

この週末はひまになると分かりきっていたので、長いこと会っていなかった友人に会おうかと思い、数日前にメールで連絡を取ろうとした。しかし、そのメールは届かなかったようだ。届かなかった原因は不明。
この友人と交わしたいくつかの約束はもう守られないのではないか。なんとなくだけど、そんな気がした。

さて、明日からまた仕事だ。最近は職場にいるとなぜか落ち着く。多少のトラブルや意見の相違さえも楽しめる。
でも、本当は職場でのんびりしていないで、外に出なきゃ駄目だよなあ、営業なんだから。

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